第14回チャレンジ富士五湖ビギナーの部(77km)完走レポート@2004.4.17 

応援レポート@6号・30号&30号’ 完走レポート@福ちゃん
pour mes amie
2004.4.16 

車にて、河口湖入り。昨年の寒さとはうってかわって桜は満開、富士山はくっきり。

今年は泊まりも独り、レース参加も独り、黙々と走る覚悟を決めていた。宿泊はペンションAさん、オーナーはランナーでありボクシングの
指導員でありなんと整体師でもある。(誰かと嗜好が似ている? 笑)
走るのは今年初めてだが、大雪で中止だった昨年に受付は練習?していたので、要領としては慣れたもの。今年は先にハイ○ンドリゾート
で優雅にランチをして富士山を堪能してから説明会が始まる少し前に照準を合わせ受付会場へと行った。
明日の天気は晴れ、気温は22度という予報であった。(明日は絶対走れると確信)


私は緊張なんてしない人物と回りには思われているようだが、実は気が弱い。昨年のホテル泊の時には、興奮と絶望(何故エントリー
したのかと、決まってレース直前に後悔する 爆)が入り混じり、夜半まで寝付けず、朝ごはんもほとんど喉に通らない状態だった。
ところが、今年は食後にオーナーとボクシングのビデオ(オーナー教え子のデビュー戦など)を見て、あーでもないこーでもないと盛り上がり
そろそろ眠くなったなあ、、と思ってベッドに入ったらスコンと眠りに落ちていた。加えて、本来は時間外の朝食もオーナー夫人のお心遣いで
早朝に用意して頂き、朝からクロワッサン(他にオムレツやら果物やらサラダやら山盛り)を3つも平らげ落としたてのコーヒーも頂いた。
独り参加なので当然応援はないものと気負っていたが、なんとオーナーが途中デジカメを持って応援にいくよと言って下さり、
思いがけないお話に「わーい」と軽く喜びつつ内心は胸がジーンとなった。
2004.4.17  6:45a.m.


これから長い一日が始まる・・・。

出発前にペンションの前で



8:00a.m.競技スタート

ウルトラのスタートは独特だ。ダッシュしていくランナーがいない。最初は5キロ程長い下り坂が続く、ウインドブレーカーを着ていたものの
すぐに気温が上がり、腰巻スタイルに変える。3キロ過ぎた地点で同じペースの女性二人組みを見つけ、何気なく後をついていく。片方の女性が
トイレに寄ろうとしたタイミングで話しかけ、瞬間的に意気投合し一緒に走ることとなる。彼女(福ちゃん・徳島県)とは、年齢はなんと1つ
違いだということがわかり、ますます安心?しておしゃべりしつつ暫くは10キロ1時間10分という好タイムで順調に距離を重ねていった。
今回は、彼女なしには私の完走はあり得なかっただろうというくらい励ましあい一緒にレースを楽しみ、戦う仲間となった。
17キロ地点でオーナーが応援に立っていてくれて、その後27キロ地点の念願のうどんポイント(本当は違う名前)まで
移動して待っていてくれた。知り合いがいると思うと、とても心強かった。

天気は快晴、桜は満開(*^o^*) 山岳ランのいいコースがあるので、写真を撮っておこう
とオーナーがいったので、記念撮影\(*^▽^*)/
27キロエイド
福ちゃん・Tさん(117キロの部)・オーナー・1号 「まいうー」これを食べるためにウルトラに出ました(*^o^*)
27キロ地点でオーナーに「貧血気味で倒れていた女性が
いるんだけど、少し休んでゴールまで頑張りたいと
いうので一緒に連れて行ってあげて、もし具合が悪くなったら
電話してくれたら迎えにいくから。」と言われTさん(117キロ)を
紹介された。

福ちゃんももちろん快諾。Tさんもすぐに調子を取り戻し、
3人楽しく次なる食べ物充実エイド39キロ地点(着替えポイント)
へ出発した。



              今日は富士山がずっと見える→
「1号さんのジャージ目立つしカッコいいよね。」「うん、これおばはん連合っていうチームのジャージなんだ。」「おばはんばっかり沢山いるんだよ。」
なんて話をした直後に、いきなり目の前におば連ジャージを着て、旗をひるがえして走る2名を発見。
(・・・・、ウルトラにおば連ジャージ着て出る人って他にいないはず。げ、まさか!)
まさかのとおり、それは6号と30号だったのだ!!(後ろに30号’もいた)

なんと表現していいのだろうか、敵地にたった一人で乗り込んで、窮地に追い込まれて救援隊の姿を見たというのと、非常に似ているというか(笑)
11時間走ろうとする私もばかだけど、みんなもバカだね、、とつぶやきつつ、なきそうになった。(3人も来られたら、リタイヤできないぢゃん 大爆)
更に調子付く1号(*^o^*) 仲良く記念撮影
ドッキリ?待機中
監視隊?隊長 30号’ 1号にバレないように?迷彩柄着用
まもなく通過予定。

気づかれないように背後に回る作戦


やや緊張気味(の振り? 笑)の30号の図


ドッキリ動画
*ブローバンド推奨(3.6MB)
60キロ地点・第2回?うどんエイド\(*^▽^*)/
あと、たった17キロ\(*^▽^*)/ 16:50p.m.
ここからが長いのだ(^_^;
給水の前にうどんをもらっている1号<オイオイ(^_^;
15:52p.m.
炎天下も直射日光もなんのその、60キロ走っても胃袋健在@1号
エイドは充実
エイドの度に給水はもちろんのこと、
梅干、レーズン、オレンジを食べまくった。

何をどれくらい食べたらいいのかわからなかったのだが、
体の欲するまま気がすむまで食べ続けることにした。

梅干は一日で20個弱、オレンジは6個くらい?
うどん、味噌汁も飲んだし、みつまめも2杯食べた。

途中にフロストバイトのトレーナーを来た親子が私設エイドでコーラを
飲ませてくれた。よくロングのレースで4号がコーラといっていたけど
これかあ、、、本当においしいなあと感動した。有難う>フロスト親子さま

70キロ地点のエイドでは、なんと連続10切れのオレンジを
むしゃむしゃ食べ続けてエイドのおばちゃんをあんぐりさせた(^・^)
応援に空腹は禁物


山梨名物 ほうとう\(@^0^@)


6号・30号
<走る、走る、走る>
13:58p.m.
16:44p.m. 17:17p.m.
16:12p.m. ストレッチは念入りに
世の中には何十億もの人間がいるけれど一生のうちに、
出会える人はほんの一握り。
その中で何かを共有できる人となると更に稀有な確率で
しかいない。
サロマ100キロ、四万十の完走歴のある福ちゃんは、楽しく
お喋りしながら走る人で同じくお喋りの私ともぴったり。
同じランナーであっても、色々な走り方があると思うのだが、
私と福ちゃんは奇跡的に走るペースもまったく同じだった。
決して早くは無いけれど、止まらず歩かず、ずーっと同じ
ペースで走り続けるのだ。



                     
チェックポイント通過風景→
16:41p.m.
65キロを過ぎたあたりから上から照らしていた太陽が
湖面に反射するようになり照り返しで頭がぼーっとなる。
エイドの手前になると30号’が折り返してきてくれて、
あと少しと励ましてくれつつ、写真を撮ってくれる。
私は感謝しつつ、黙々と走り続けた。

激坂を戦略として歩く以外はほとんど走り続けて
きたのだが、やはり暑さと疲労でペースは落ちていく。
残りの距離と時間を逆算して70キロ地点までガンガン
(気持ちは)走り、ラスト登り7キロは、歩いてもいいと
いう作戦を考えた。
私はオーナーのお心遣いでヒザ、足首、腰とテーピングで
武装していたのだが、福ちゃんはサポートなしのハーフタイツで
ヒザは露出。ダメージ蓄積の差が出始める頃だった。

 70キロ地点を6時に通過し、残り7キロ1時間を残すのみとなった。
(足のダメージは、今回はろくに練習で走ってないだけあって(自爆)
実は12キロあたりから既に痛みが始まっていた(大爆)
それのレベルが40キロくらいで一段階アップし、60キロまでは
同じレベルの痛さだった。そして65キロを超えると加速度的に足への
ダメージが増えていくということを体験した。
痛みの種類としては骨がメリメリ砕けるような、そう、あの陣痛に
非常によく似ているのだ。
でも、陣痛に比べたらやはりどおってことない。(比べるな? 笑)
それに、ゴールが近くなると痛みがなくなる?ともいえる 爆


                         エイドの度にストレッチ→


 私は鈍いくせに、心のどこかで何かの間違いで制限時間より早くゴールできるかもしれないという希望を持ちつつ走り続けてきたのだが
ここへきて、ようやくやはり自分は制限時間の11時間めいっぱい走らないとゴールできないのだなということに気がついた(遅いよ>私)

 「泣いてもわらってもあと1時間、何がなんでもゴールしようね!」そう励ましあって激坂を登り始めた。今まで淡々といくつもの
坂を登り続けた福ちゃんが、この時初めて言った「歩こう」。
 制限時間は押している。暫く歩いていたがルートマップから逆算すると全部歩くと間に合わない。
「あそこの看板まで走ろう!」そういって今度は私が前に出た。坂道はまだまだ続く。残り時間が30分を切った。もう走り始めないと
間に合わない。「福ちゃん、間に合わないから走ろう!」「わかった。」数回歩きと走りを繰り返したが、暫く行くと「もうだめ、
足が出ないから先に行って!」泣きそうになった。「少し歩いてもいいから絶対ゴールしてよ!」「うん、ゴールで待ってて。今日はありがとう。」
「わかった!ありがとう、頑張ろうね!」と彼女と別れ、走り始めた。

 必死で気持ちを奮い立たせた。もう後ろは振り返れない。前を歩いていた男性を追い越そうとした時「もう走らないと間に
合わないですか?」と聞かれた。「間に合いません、多分」と答えたら、「じゃあ、僕も行きます。」そういって男性が付いて来た。
彼は100キロの部の人だった。
よりによってこんな最後に、こんな坂を用意しなくてもいいのになあ、、という急勾配が続く。(船津登山道入り口と信号にあった(^_^;)
「間に合いますかね?」「なんとかなるでしょう。っていうか、ここまできたら完走するしかないでしょう!」「そうですね。
丁度、僕のあたりが境目かなと思って歩いていたんですよ。頑張りましょう。」

 何もないとからっきし遅くてダメなくせに、でも、土壇場になったときの自分の余力(火事場の馬鹿力?)にはいつも驚かされる。
上り坂でも結構平気なのだ。あと20分かあ・・・みんな心配してるだろうなあ。(3人の顔が浮かんだ。)荒い呼吸をしながらも、
みんなの顔を思い浮かべると心の中は冷静になる。上りの終わりが見えた。「あ、あそこから下ってますよ。」「そういえば、一昨年、
あそこを曲がったらずっと下りでしたよ!」「よおーし、じゃあ、ダッシュしましょう!」「行きましょう!」男性を引っ張りつつ坂道を
転がるように走り始めた。
不思議と足は回る。すれ違うスタッフの人に、「間に合いますよ!頑張って」と声をかけられた。今日、一番嬉しい言葉だった。
ゴール前74キロ地点にエイドがあった。連れの男性(いつの間にか 笑)に
「どうします?通過しちゃいます?」と聞いたら「せっかくだから寄りましょう。」
(これがウルトラランナーですね 笑)ということで、お水を一杯頂きに寄り、
またみんなに「間に合う。」と言われ更に気をよくしてお礼を言いつつ
「あーウルトラマラソンって楽しい\(*^▽^*)/」と一言(笑)
「元気だね〜!」という声を背にまたダッシュを再開。

「ひゃっほぅ〜!」雄たけびを上げながら更に加速していったところで、
沿道から応援を受けたので、高らかに答えたら。
30号’だった(大爆)「あ 1号良かった!もうゴールはすぐそこだよ!」
といいつつ彼の手は慌しく携帯電話を操作していた(大爆)

北麓公園に飛び込んだら正面に6号と30号のシルエットが見えた。
「1号!!!」と手を振っているのに大きく答え(左画像・6号撮影)
競技場へ入った。あと半周したらゴールだ。
ゴール10メートル前で6号と30号がおば連旗を渡してくれた。

<ゴール1>
10時間52分・・・?
リザルトをもらうのを忘れました(^_^;
エイドの度に先回りして応援しつづけてくれた30号・6号
ありがとう!!!
私はゴールできた。でも、同じ思いをして一日を走った福ちゃんがまだ来ない。
制限時間まであと3分。私は意識的にゴールから遠ざかりたくなり、給水所へ歩き始めた。
とそのとき、見覚えのある白いキャップがゴールゲートへ向かっていくのが見えた。「福ちゃんだ!!」
みんなとゴールへ走った。

福ちゃんも間に合った、時計を見たら10時間59分だった。
<ゴール2>
確かに私は完走していた。でも、彼女がゴールして初めてレースが終わったと思えた。

レースで走るのは自分自身、でも、たった一人で走っているのではないということを私はまた再確認した。
オーナご夫妻、おば連の仲間、そしてスタッフの方に、一緒に走った仲間、応援してくれたみんなに感謝。


ありがとう

Merci d'e^tre venue. 
Je me suis rendu compt de quelque chose de tre`s important.
                                                                1号@おばはん連合

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